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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)3491号 判決

原告

藤原豊子

被告

株式会社カントラ

主文

一  被告は、原告に対し、金七二三万九八六六円及びこれに対する昭和六三年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一五七八万四八四七円及びこれに対する昭和六三年七月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、追突事故により被追突車両に同乗していて受傷したとする原告から、加害車両の所有者であり、加害車両運転者の使用者でもある被告に対し、民法七一五条、自倍法三条に基づき損害賠償請求した事案である。

一  争いのない事実など(書証及び弁論の全趣旨により明らかに認められるものを含む。)

1  事故の発生

(1) 発生日時 昭和六三年七月七日午前五時五〇分ころ

(2) 発生場所 大阪府岸和田市土生町一六八五番地先国道二六号線上(以下「本件現場」という。)

(3) 加害車両 佐本圭一運転の大型貨物自動車(大阪八八あ五五四四、以下「被告車」という。)

(4) 被害者 阪上健一運転の普通乗用自動車(和泉四〇る二四一六、以下「原告車」という。)の後部左側座席に同乗していた原告(昭和一三年一一月一二日生、本件事故時四九歳、主婦)

(5) 事故態様 本件現場で赤信号に従い停車中の原告車に被告車が追突したもの

2  被告の地位

被告は、本件事故当時、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していた。また、佐本は被告の従業員として運転業務に従事中、本件事故を惹起した。

3  損害の填補

原告は、自賠責保険から七五万円、被告から五〇万八二〇〇円の支払を受けた。

二  争点

1  原告の受傷内容、相当治療期間(症状固定時期)

(1) 原告

本件事故により、頸部椎間板障害、腰部椎間板障害、両耳管狭窄症、両耳鳴症、両混合性難聴などの傷害を負い、平成二年九月二九日症状固定とされるまで治療を要した。なお、症状固定後も通院している。

(2) 被告

原告の受傷内容、相当治療期間(症状固定時期)を否認する。

原告の受傷は、頭部打撲傷、外傷性頸部症候群、左胸部打撲傷、腰部打撲傷、両膝打撲傷であり、平成元年三月七日には治癒したものである。従つて、平成元年三月四日からのおくの耳鼻咽喉科、同月一三日からの青松記念病院、同年一一月六日からの佐野記念病院への通院は本件事故による治療とはいえない。

2  原告の後遺障害の有無・程度

(1) 原告

頸部椎間板障害、腰部椎間板障害による「頭痛、両頸骨・上肢痛、腰痛」と「頸椎・腰椎・肩関節・股関節の運動障害・関節機能障害」の後遺障害を残し、前記のとおり平成二年九月二七日症状が固定した。自賠責保険の認定では自賠法施行令二条別表による後遺障害別等級表一四級とされたが、右後遺障害は少なくとも一二級とされるべきである。

(2) 被告

原告の症状は、内容的に不明確な愁訴であつて一四級を超えるものではない。

3  損害額

第三争点に対する判断

一  原告の受傷内容、相当治療期間(症状固定時期)

1  証拠(甲二ないし七、八の1、九、一〇の1ないし6、一一の1ないし3、一二の1、一三の1、2、二〇、検甲一ないし三、乙一ないし六、一〇、一一、証人日野孝三、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件事故は前記のとおり、佐本が時速約六〇キロメートルで国道二六号を走行中、前方で原告車が赤信号で停止しているのを、脇見のためその後方二七メートルの地点で初めて気付き、急ブレーキをかけたが及ばず追突したもので、追突後、被害車両は衝突地点から六・八メートル押し出されて停止した。本件事故現場付近道路は、アスフアルト舗装がなされた平坦な道路で、当時乾燥していた。被告車は長さ七・六八メートル、幅二・四五メートル、高さ三・三三メートルの大型貨物自動車で、本件事故当時、牛乳を六トン積んでいた。原告車は長さ三・一九メートル、幅一・三九メートル、高さ一・三三メートルの普通貨物自動車で、本件事故当時、運転席に阪上健一、助手席に谷口正萬、後部左側座席に原告が乗車していた。

(2) 原告車は後部バンパー・後部ドア凹損、尾灯破損の損傷が、被告車は前部バンパー凹損、フロントグリル破損の損傷が生じた。

(3) 本件事故の際、原告車を運転していた阪上健一が入院加療二週間を要する外傷性頸部症候群の傷害を負い、助手席に同乗していた谷口正萬が第二・第三腰椎横突起骨折、頭部打撲傷、外傷性頸部症候群、右胸部打撲傷の傷害を負つた。なお、谷口は右受傷により一か月の入院加療をした後、昭和六三年一一月六日現在リハビリによる通院治療を継続している。

(4) 原告は、本件事故の際、助手席の谷口と話をしていたが、追突のシヨツクで頭等を助手席シート後ろに当てた。

(5) 本件事故後、原告は、救急車で喜多病院に搬送され、頭部打撲症、外傷性頸部症候群、耳鳴(右・左)、眩暈症、左胸部打撲症、腰部打撲症、両膝打撲症と同日から一五日までに診断され、昭和六三年七月七日から同年八月一三日まで三八日間入院し、同月一四日から平成元年三月七日まで通院(実通院日数六五日)し、その後、一度中断の後、平成二年五月二八日から同年九月二七日まで通院(実通院日数二五日)した。

原告は腰痛、頸部痛、肩痛・肩凝りなどを訴え、患部への麻酔剤の局所注射、腰部硬膜外ブロツク、頸部硬膜外ブロツクの神経ブロツク療法、理学療法による治療を受け、平成元年三月六日までの腰部硬膜外ブロツクも施行され、平成二年五月からも同様の治療がなされた。

他覚所見をみると、昭和六三年七月七日における頭部、頸椎のレントゲン検査、CT撮影では特に異常所見はなく、同月一五日における頸椎のレントゲン検査では、第五・第六頸椎間の椎間腔狭小、骨棘の存在が認められた。同年一〇月一一日に頸部硬膜外造影を行い、第三・第四頸椎間の椎間板障害の疑いが認められ、同月二二日に頸部椎間板造影を行つたところ、第三・第四頸椎間板に注入した造影剤が流出し、誘発痛(再現痛)が強く認められ、造影後の麻酔薬、副腎皮質ホルモン注入による効果もあつた。

同病院の主治医は、後遺障害の傷病名として「頸部椎間板障害、腰部椎間板障害」、自覚症状として「頭痛、両頸・肩・上肢痛、腰痛顕著」、他覚症状として「平成二年六月一日の腰部椎間板造影により第四・第五腰椎椎間板、第五腰椎・仙骨椎間板の障害像を認める。同月八日の頸部椎間板造影により第五・第六頸椎椎間板、第六・第七頸椎椎間板に障害像を認める。」、頸椎、腰椎、肩関節、股関節の機能障害について、いずれも自動運動による可動制限の程度について平成二年七月一七日の測定結果として「〈1〉頸椎―前屈四〇度(〇~六〇度)、後屈三〇度(〇~五〇度)、右側屈一〇度(〇~五〇度)、左側屈一五度(〇~五〇度)、右回旋四〇度(〇~七〇度)、左回旋五五度(〇~七〇度)、〈2〉腰椎―前屈二〇度(〇~四五度)、後屈二五度(〇~三〇度)、右側屈一〇度(〇ないし五〇度)、左側屈一五度(〇ないし五〇度)、右回旋一〇度(〇~四〇度)、左回旋一〇度(〇~四〇度)、〈3〉肩関節(左右同一値)―屈曲一五〇度(〇~一八〇度)、伸展五〇度(〇~五〇度)、外転一五〇度(〇~一八〇度)、内転〇度(〇度)、〈4〉股関節―屈曲(右)九〇度、(左)九五度(〇度~九〇度)、伸展左右とも〇度(〇~一五度)、外転(右)二〇度、(左)一五度(〇度~四五度)、内転左右とも二〇度(〇~二〇度)」と診断のうえ、症状は平成二年九月二七日固定したとする診断書を作成した(なお、括弧内の数値は当裁判所に顕著な障害等級認定基準(労働省労働基準局長通達)による正常可動範囲である。)。

なお、喜多病院の日野医師は、平成三年二月八日付診断書で、前記平成二年六月一日、同月八日の造影により認められた障害像は医学的に証明しうる神経系統の機能障害であり、原告の頑固な腰痛、両頸肩上肢痛の症状はこれに起因するとの所見を示しているところ、証人尋問においても、右障害について、加齢的変化によることを全く否定することはできないが、加齢変化による場合にはあまり痛みが起こらないが、原告は、本件事故後症状としてきつい腰痛等を起こしているので、本件事故に起因する障害である旨の見解を示している。

(6) 原告は、喜多病院入院中の、昭和六三年七月一五日に耳鳴、同月一八日には耳痛を訴えレントゲン検査をしたが異常は認められなかつたが、月に一回程度受診し、その後、平成元年三月四日に耳痛を訴えて、おくの耳鼻咽喉科で受診し、右急性中耳炎、外耳炎、慢性副鼻腔炎、慢性咽頭炎と診断され、平成二年六月一三日まで(実治療日数八四日)加療された。その間、平成元年五月一九日には耳鳴は軽快した。

おくの耳鼻咽喉科の医師は平成二年六月一五日作成の後遺障害診断書で、原告の傷病名を両耳管狭窄症、両耳鳴症、両混合性難聴、右鼓膜穿孔、右外耳炎、中耳炎、自覚症状記載欄に「本件事故後から両耳鳴、難聴、頭重感があつたものの放置、しかし、症状改善せず、平成元年三月四日初診、右病名にて加療」と記載し、他覚症状として聴力検査を挙げ、聴力検査によれば、原告の聴力は平均すると右四一・五デシベル、左三八・五デシベルであり、主治医は耳鳴、難聴は残存すると診断している。

(7) 原告は、一週間前に喜多病院で示談がされたとして、平成元年三月一三日から、青松記念病院に頸部緊張感、腰痛、悪心を訴えて受診した。

同月一六日における反射等の検査において上腕二頭筋腱反射、上腕三頭筋腱反射、腕橈骨筋腱反射、膝蓋腱反射、アキレス腱反射が左右とも陽性であつた。

同病院では、頸椎症、腰椎症との診断で、介達牽引等の理学療法、神経ブロツク療法、湿布による治療が平成二年九月三〇日までなされた。

なお、同病院では、原告の私病である慢性肝炎、関節ロイマ、両下肢動脈閉塞症の疑い、両下肢末梢循環障害、右大腿フルンケル等の治療もなされ、平成元年九月六日から同年一一月二日までは腹壁の粉瘤摘出と脱肛手術による肛門形成術のため入院した(なお、原告は本件事故による受傷の治療のために入院したと本人尋問において供述するが、乙五によれば、前記手術目的のために入院したことが明らかで、右供述部分は採用できない。)。しかしながら、入院期間中も頸部・腰部・肩部についての前記治療は継続していた。退院後は、平成二年五月まで治療が中断し、同月一七日から前記九月三〇日まで通院治療(実通院日数六七日、なお、平成元年三月一三日から同年九月五日までは一〇五日)したが、この間五十肩、気管支炎、胃炎、骨粗鬆症等の治療もなされている。

同病院の医師は、平成元年七月三一日作成の後遺障害診断書において、傷病名を〈1〉頸筋症、腰・背部痛、〈2〉左片頭痛、耳鳴、〈3〉左上肢神経痛とし、自覚症状記載欄に「初診時、〈1〉ないし〈3〉の病名あり、外来にて加療中であるが難治性であり、耳鳴、難聴なども併発している」と、他覚症状記載欄に「頭部CTスキヤン 異常なし」と、精神の障害記載欄に「事故の後不眠、耳鳴、頸部・腰・背部痛などの症状がみられ、精神衰弱、不安の状態が続いている。」とそれぞれ記載したうえで、平成元年七月三一日症状固定と診断している。

(8) 原告は、前記青松記念病院を退院した後の平成元年一一月六日から、腰部・頸部・頭部痛、耳鳴を訴えて佐野記念病院で受診し、腰部・頸部の牽引、神経ブロツクによる治療が平成二年五月二二日(実通院日数八八日)までなされた。

(9) 原告は、本件事故当時家庭の主婦として稼働していたが、本件事故後、前記認定の頸部・腰部痛が継続し、腕のだるさ、痺れ等から家事に支障を来しているが、自転車には乗つて通院はできる状態である。

以上の事実が認められる。

2  ところで、原告は本件事故前には腰痛等を訴えていたと認められる事実はなく、前記認定の本件事故態様、同乗者の傷害内容から認められる本件事故の衝撃の程度に加え、右の喜多病院、青松記念病院、佐野記念病院での治療経過をみると、原告は頸部、腰部痛をほぼ一貫して訴え、これに対する神経ブロツク等の治療がなされ、対症的には効果をあげていること。原告の症状を裏付ける他覚的所見も認められることからすると、本件事故後、原告の第三・第四、第五・第六、第六・第七の各頸椎間の椎間板障害、第四・第五腰椎間、第五腰椎・仙骨間の椎間板に障害が生じていたことが認められ、右の事情と前記証言による医師の見解によると、本件事故と右椎間板障害とに相当因果関係が存するものといえる。

そこで、相当治療期間について検討する。

前記のとおり青松記念病院の医師は、前記の治療をしたうえで症状の改善が認められないとして平成元年七月三一日をもつて症状固定としている。右の後遺障害診断書には他覚所見は明らかでなく、平成二年六月、喜多病院で明らかになつた頸椎、腰椎椎間板の障害についての認識があつたか疑問であり、その後の喜多病院での治療の際、第三・第四頸椎椎間板の障害は治癒し、その余の部位の治療をして症状の改善も認められたのであるから(日野証人)、平成二年九月二七日に症状が固定したと認めるのが相当である。

なお、被告は平成元年三月七日には症状が固定したと主張し、原告が示談交渉を依頼した中西某が右の日に症状が固定することを前提に被告代理人へ示談交渉を申し入れたこと、原告の喜多病院における治療も同日で中止していることを主たる根拠とするものであるが、原告の治療経過をみると、平成元年三月六日には腰部硬膜外ブロツクによる治療がなされ、著名な症状が残存しており、その症状は軽快しているとは必ずしもいえないにもかかわらず(乙二)、その示談案(乙七の1)によれば、当時の症状が後遺障害として残存することを前提としていないことが明らかで、右中西が原告の意思を尊重して交渉に当たつていたのか疑問もあり、また、原告は、青松記念病院での初診時、一週間前示談された旨医師に述べていることが認められ、これに、保険会社との交渉経過をみると原告の誤解による転医と認める余地もあつて、右交渉経過等から平成元年三月七日を症状固定日と認定することはできない。

二  原告の後遺障害の有無・程度

前記一(5)の事実によると、原告には頸部痛・腰痛が残存し、可動域が制限され、日常家事に支障を来していること、右症状が頸椎・腰椎の椎間板の障害に起因していることが認められ、右によると、その後遺障害の程度は、中枢神経系の障害とはいえないが、他覚的所見に裏付けられた頑固な神経症状が残存しているものであるから一二級一二号に準じた後遺障害と認めるのが相当である。

三  損害額(以下、各費目の括弧内は原告主張額)

1  治療費・文書料(一三一万五〇一三円) 八八万八三三八円

(1) 前掲証拠に加え、証拠(甲一一の4ないし8、一二の2ないし73)によれば、原告の負担した治療費は、〈1〉喜多病院における昭和六三年一一月一日から平成二年九月二七日まで六四万七九四〇日、〈2〉おくの耳鼻咽喉科における平成元年三月四日から平成二年六月一三日まで一〇万〇四〇〇円、〈3〉青松記念病院における平成元年三月一三日から平成二年九月三〇日までが四四万一七一〇円、〈4〉佐野記念病院における平成元年一一月六日から平成二年五月二二日まで一二万四九六二円であることがひとまず認められる。

(2) しかしながら、おくの耳鼻咽喉科の治療費は、前掲証拠による治療経過、治療内容に照らすと私病に対する治療と両耳管狭窄症、両耳鳴症、両混合性難聴等の本件事故によると認められる傷害(何時の段階で右の診断が下されたか、カルテからは明らかでない。)の治療の判別が容易でなく(むしろ、原告の私病に対する治療と思われるものも多い。)、本件事故と相当因果関係があると認められるのは聴音検査の保険点数一五〇〇点分の四五〇〇円に過ぎない。

(3) 次に、原告の青松記念病院での治療は、前記認定のとおり平成元年九月六日からの入院は私病の治療のためであつたこと、平成二年五月一七日から同年九月三〇日までの治療は佐野記念病院、喜多病院の治療と重複していることから、本件事故との相当因果関係が認められず、被告が賠償すべき治療費は一一万一二八四円に止まることになる。

(4) 佐野記念病院で、平成元年一二月六日には火傷のため創処置(保険点数一一六点)がなされ、その原告負担分の治療費は三四八円であるから、これを控除すると、同病院の治療費は一二万四六一四円となる。

(5) そうすると、本件事故と相当因果関係の認められる治療費は、八八万八三三八円となる。

2  入院雑費(一二万四八〇〇円) 四万九四〇〇円

前記認定事実によると、本件事故と相当因果関係のある入院治療は喜多病院での三八日ということになり、一日当たりの入院雑費は一三〇〇円が相当であるから四万九四〇〇円となる。

3  通院交通費(六万七八二〇円) 〇円

証拠(甲一四ないし一九(いずれも枝番号を含む。))によれば、タクシー代などとして原告主張額を支出したことが認められるが、タクシー利用がやむを得なかつたと認めるだけの事実が存しないので、これを認めることはできない。ただ、公共交通機関を利用した場合の出費相当額は通院慰謝料で考慮することとする。

4  休業損害(五六三万七四〇〇円) 二〇一万六八九二円

原告は本件当時四九歳の家庭の主婦であつたが、原告は、本件事故により、三八日間入院し、この間全く家事に従事しえず、その後も症状固定日までの七七五日間家事労働に支障を来したと認められ、前記原告の受傷程度、治療経過によれば、入院期間中は一〇〇パーセント、症状固定までの間は平均して三〇パーセント程度労働能力に制限があつたと認めるのが相当であるところ、四九歳の女子の平均賃金は年間二七二万一五〇〇円(賃金センサス昭和六三年第一巻第一表女子労働者の産業計・企業規模計・学歴計、四五ないし四九歳)であるから、これを基礎に休業損害を算定すると、二〇一万六八九二円となる。

(計算式)2,721,500÷365×(38+0.3×775)=2,016,892(小数点以下切り捨て、以下同様)

5  逸失利益(四二八万四九七四円) 一六六万三四三六円

前記認定によると、原告には一二級程度の後遺障害が残つたことが認められ、第三・第四頸椎間の椎間板障害は軽快したことなども勘案すると、症状固定後五年間一四パーセント程度労働能力を喪失したと認めるのが相当である。症状固定時の原告の年齢は五一歳であるから、五一歳の年間平均賃金二九六万〇八〇〇円(賃金センサス平成二年第一巻第一表女子労働者の産業計・企業規模計・学歴計、五〇ないし五四歳)を基礎に逸失利益の現価を算定すると、一六六万三四三六円となる。

(計算式)2,960,800×0.14×(5.874-1.861)=1,663,436

6  通院慰謝料(二二一万円) 一四〇万円

本件事故による原告の傷害の部位、程度、入通院期間、実通院日数、原告の生活状況等を総合勘案すると慰謝料として一四〇万円が相当である。

7  後遺障害慰謝料(二四〇万円) 一八八万円

前記認定の後遺障害の程度などの諸事情によれば、一八八万円が相当である。

8  小計

以上によれば、原告の本件事故による損害額(弁護士費用を除く)は七八九万八〇六六円となり、前記既払金一二五万八二〇〇円を控除すると、六六三万九八六六円となる。

7  弁護士費用(一〇〇万円) 六〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は六〇万円と認めるのが相当である。

五  まとめ

以上によると、原告の本訴請求は、被告に対し、金七二三万九八六六円及びこれに対する不法行為の日である昭和六三年七月七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

(裁判官 高野裕)

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